■ 乱菊のこと
水曜は急遽、朝に決まって神津牧場へ。
きっかけは、湯川の乱菊が発達していたことだった。急に登りたくなった。しかも、その日、日中12時でも氷点下。素晴らしいアイス日和り!
そのため、帰りに乱菊を偵察した時には、ちょっと残念な気持ちだった。「こっちを登れば良かった…」
乱菊…は、前の師匠、鈴木さんの思いやりが詰まった場所だった… 2年前、鈴木さんが私のために選んでくれた、楽しいアイスクライミングの候補地が湯川…鈴木さんは神奈川の人だったので、遠方から…となる。角木場でのリード練習と合わせて、二日連続で来てくれたのだった。
当時、ちょうど懸垂下降で降りてきた保科さんに、乱菊の下で、ばったりと出会い…私は当時リード練習中で、その話をすると、保科さんが言うには、
「アイスでリードするなら、これくらい登れないと!」
その刺した先が乱菊。 私としてはビックリ仰天、ということだった。こんなスゴイ氷柱を登れないと、アイスクライミングはリードしちゃいけないくらいなのに、なんで私、最初からリードしてるの?って感じだ。
むろん、師匠の狙いは、初期にリード練習しておくことで、アックスバチ効きしか登らなくなるということだったのだろう、と今では分かる。
でも、当時は、さらにリードが怖くなる効果しかなかった。自分のアックスが信用できる状態ではなかったからだ。ので、その日、湯川では
アックスの振りをテーマに練習した。
それで、この日、いきなりアックスの振りは上達した。
ちなみに、保科さんは私が初めての体験アイスでアイスデビューさせてもらったガイドさんである。
そういうわけで、
湯川に通うのは、単純に乱菊が一つの技術的な目安になっているから
である。
しかし、この日は、
気温が高かったので、乱菊に登るなら、10時前限定。あまり時間がなかった。
■ さっさと片付けておくモード
それで、リード練習で神津牧場を提案された。と、遠い…。片道運転3時間半だ。
正直、神津牧場なんて興味がなかった。ただ、シャイアンは、楽勝でリードできるだろうと言うことは、あらかじめ知っていた。
前回の合同クライミングでリードできるなーと思ったくらい楽勝だったからだ。初リードの課題としても、氷の張り方が悪いことがなく、支点も良い。
しかし、混んでいたので、時間のかかる人よりも、時間のかからない人がリードした方が合理的だろうと思い、辞めておいた。
というわけで、WIⅣ級リードは、機会を逃しており、宿題になっている。さっさと片付けておきたい。しゃーないなーという気分で車を飛ばす。
なぜなら、
私はコンペ向きの練習に集中したいからだ。
道中、レンズ雲があちこちにかかり、悪天候が予想された。
■ 恐怖を因数分解する
私はアイスのリードが、かつて怖かった。
それは落ちたときに重大事故になっているからだ。摩利支天大滝のそばには、慰霊碑があり、女性の名が刻んであったと思う。
私の周りでも皆落ちている。そして、グランドしている。
ビレイは?あった。
それでも、グランドしている。
大体の人が落ちてから、
”
パンプしない登り” & ”氷質の見極めが重要だ”
ということに気が付く。
素朴な疑問。
そんなこと、落ちなくても分かるんじゃないか?
パンプは氷の堅さによる。そんなこと、トップロープで登っていても分かる。
自分がパンプしなくても、氷質が悪ければ、落ちる。
落ちて停めてもらえなければ?
最悪は、死が待っている。
山に一か八かはない。なのに、今の時代の山登りでは、なぜか一か八かがデファクトスタンダードになっている。
それはつまり、
・パンプしない登りも身に着けず、
・氷質の見極め力も身に着けず、
・そして、ビレイヤーとの信頼関係も築かない
でリードで登る、という意味だ。
■ 分かっていないビレイヤーのビレイは怖い
私自身、悪いビレイには懲りている。
1)人工壁では引っ張り落とされかけた。
2)外岩では、だらりんビレイで落ちても止めてもらえず、頭を7針縫った。
3)クラックに出かけてリードし、振り返ったら超だらりんだった。
4)沢ではフィックスが信用ならず、ロープがあるほうが登攀が大変だった。
5)アイスでは超だらりんで、指摘してもビレイの重要性や責任を学ぶ意識ゼロ
6)後輩はビレイを習得するよう言い聞かせてもリード壁通いしていない
危ない橋を渡りっぱなしだ。で、分かっていないビレイヤーには懲りている。
たぶん、一度落ちないと若い男性には責任感は身につかないのだろう…
分かっている人は誰か?ちゃんとリード壁での人工壁通いをやっていることが最低条件で、それでも十分ではなく、人工壁のビレイヤーにも誤ったビレイをしている人はいる。
ベテランならいいかというとそうでもなく、ベテランはベテランでフリーの経験値が浅く、墜落を止めていない人も中にはいる。時代が止まったままの人もいるのだ。
パンプ2では人工壁なのに死亡事故さえ起こっている。だから、人工壁でのビレイ経験だけではだめで、その中でも、ちゃんとしたビレイをマスターした人を見極めないといけない。
一番最初に必要なのは、
責任感とビレイを学ぼうと言う意思だ。それは登りたいという意思が明確だと自覚できたなら、克服しないといけないことは明白な課題なので、登りたいと言う自覚が自己認識としてある人は、そのハードルをすぐに越えてしまうだろう。
だからビレイをマスターしようとしていない人は、まだクライマーとしての自覚や心構えがない。
以前、岩根だが、隣のクライマーが怖くて登れなくなったらしく、急遽ビレイを頼まれたことがある。なんと、トップロープで、だ。
クライマーは、落とされるかもしれないビレイヤーでは、当然だが登れない。いや、そもそも、登るべきでない。
クライマーは登りたいあまり、危険なビレイを受け入れてしまうものだ。が、それは、煩悩というものだ。なんとか我慢できないと、命がいくつあっても足りない。
ビレイが不確実な人はセカンドとしての資格すらない、ということをしっかり互いに、自覚しておかないと、
確率の問題で、いつか人を落とす。
山に、一か八かはない、というのは、ここでも生きる教えなのだ。
■ てかてか
さて、神津牧場である。この日は前日火曜と違い、悪天候の前触れである
レンズ雲があちこちに沸き立ち、あまりお天気はよろしそうでない。
インディアンサマー広場に付くと、氷はてかてか。差しやすいだろうけど、スクリューの効きはイマイチだろう(汗)。やだな~。
気温は日中高くなる予報だったが、結局、そう上がらなかった。
■ クライミングは共同作業
今回は、好きにやらせてもらうよ、という気分で、ビレイヤーに指示を出す。
ビレイヤーはクライマーの
精神的支柱になってくれなくては、ビレイヤーの意味がない。
下のビレイヤーは、もう2度も私の精神的支柱になりそこなっている。私が危険だと判断したことを、無理強いしてリードさせようとしたことが2度ある。
判断が割れた場合、クライマーの判断を優先するのが正しい。登るのはクライマーで、落ちて死ぬのも、怪我をするのも、クライマーだからだ。
私はビレイするときは、クライマーにとって一番安全になるように考えて、下から指示を出す。最初は、ロープを短く持って、氷に近づいている。落ちてもグランドしない位置にクライマーが登ってから、後退している。クライマーがロープを足にひっかけそうになったら、ロープを振って避けてやる。
クライミングは、ビレイヤーとクライマーの共同作業だ。
しかし、クライマーが希望を出して来たら、それに反対することはない。100%クライマーの味方だ。
もちろん、ランニングを取っていないのに、テンションと言われたら、「今テンションしたら落ちるよ」と言うが(笑)。
ビレイヤーとしての安心と信頼をクライマーに提供することは、登攀力とは関係がない。
誰だって、その気になれば、できることだ。分かりやすい言葉で言えば、寄り添う、ということだ。
ちなみに余談だが、私にとって一番良かったビレイヤーは、ラオスで会ったトニーだ。
■ チェストハーネス
さて、ハーネスは、
チェストハーネスを用意した。これは私のハーネスが、スクリューを大量にぶら下げると、下がってくるため。キツキツに引き締めても、スクリューの重みで下がってくる。
チェストハーネスがないと、落ちたとき頭が後ろに反転してしまう可能性がある。
そのようなハーネスになっている人は、チェストハーネスを併用した方が良い。
やっと日の目を見て良かった。
■ シャイアン Ⅳ級 20m
さて、リードだ。どこに最初の一ピン目を入れるか、で、最初から揉める。
私が見た先輩たちはみな、立てるところで、最初の1ピン目を入れていた。岩登りでも、そうしている。ならば、私だって、そうすべきだろう…
と言うと、そこでベテラン青ちゃんは反駁。一ピン目が近いと、ビレイヤーが後退できない。じゃ長いスリングで、というとそれも反対。スリングで伸ばせば、一ピン目の意味がない。
そんなのは、誰だって知っている。誰もが分からないのは、じゃあ、どうするべきなのですか?という話だ。
結論は、クライマーがグランドのリスクを受け入れて、高い位置に一ピン目を入れるのだ。しかも、60のスリングで伸ばして。
つまり、
緩傾斜で落ちるような人はリードで取り付くことは、そもそも、してはいけないのだ。
スリングで伸ばすのは、縦の屈曲を避けるため。言うまでもないが、屈曲でロープは流れなくなるのだから。
というわけで、1ピン目を取っても、その一ピン目にぶら下がれるか?というとぶら下がれない。
つまり、ロープという保険は無しに等しい。
■ 2ピン目
では、2ピン目は?
垂直になったら、立てるところで、入れないといけない。しかも、これも、縦のゼットを避けるために、スリングで伸ばさないといけない。
つまり2ピン目を取っても、それにぶら下がれる状態にはない。2ピン目で落ちたら、緩傾斜帯に激突だ。グランドはしないだろうが。
というわけで、これも重大事故を防ぐような保険にはならない。
■ 3ピン目
3ピン目は完全に垂直だ。これは、レーザースピードライトを入れた。水氷でも、立っているところは、乾いていて、レーザースピードライトでも、回しやすいことが多いそうだ。
それは知らなかった。ので、下から指示をもらって助かった。
■ 4ピン目
4ピン目は、アックステンションでハンギングして、設置。近くに設置した。2メートルほど。
■ 5ピン目
5ピン目は、傾斜が緩くなったので、特に怖いとも感じず、しばらく登ってピンを入れたら、ランナウトしてしまった。
■ 6ピン目
6ピン目は、もう落ち口付近なので、そろそろ入れないといけない。でも、傾斜の緩いほうに来てしまい、傾斜のきつい、厚い氷は、自分の左側にある。
困ったな…。左手でスクリュー設置を試みるが…左手では打てそうにない。
体を左に移動することを考えるが、傾斜が寝ていて、アックスが打ちこんでも寝てしまうため、ななめ下に氷を引くことになり、鉛直のラインで下に引くのではないため、ハズレそうな気がして、そのアックスの配置で長時間滞在したくない。
ので、妥協して、安定しているスタンスで立っていられる、右に打ったが、そこは、氷の切れ目から、30cmくらいしかないので、落ちたら、氷が崩壊する可能性があった。
でも、落ち口では打つ決まりになっているし…今、打たないと、大ランナウトになってしまう。
ので、一応で打った。でも、100%の信用はできないので、まぁいいかとクライミング力でカバーした。
■ 終了点と支点構築
あとは、もう支点へ駆け上がるだけ。支点は、残置のロープがあるだけだった。
残置にカラビナ1枚かけ、残置ロープのバックアップとして、自分のスリングを入れて、さらに環付ビナ一枚で支点構築した。
■ ローワーダウン
ビレイヤーに声を掛けて、ローワーダウンをお願いした。ローワーダウンが分かっていないビレイヤーもたまにいるそうで、
「ロープの両端を持って、落ち口まで後退し、ビレイヤーがビレイしていることを確認してから、ローワーダウンしてもらうように」
とのアドバイス。これは実践的だ(笑)。
実際、誰と組む場合でも、最初から信頼できるビレイヤーであることはほとんどなく、最初は互いに信頼できないことを受け入れて、信頼を育てて行かなくてはならない。
ほとんどのパートナーシップの問題は、その信頼を育て損ねることだ。
互いに分かっているクライマー同士は、クライミング経験の披露になることが多い。互いに安心するためには、どの程度の経験があるのか?が目安になるからだ。
実際、失敗と言うのは誰にでもある。私だって、全く初めて小川山で小川山物語をしたときは、先輩をビレイしていてロープが流れてしまった。一瞬だったので握って止めれたが、流れたロープを握って止めることが非常に難しいことは理解した。ので、以後は必ずビレイグロープをしてからしか、ビレイしないし、コールの聞き違えには気を使っている。
「セルフ取りました」と言われて、解除していいのかな?と思い、セカンドで登る準備を始めたこともあった。本当の初回のフリーの時だ。ローワーダウンと言われて、「待ってください」と返事した。その後は、フリークライミングでの作法は、アルパインでのつるべとは違うことに気が付き、フリークライミング向けの本を買って来て勉強した。
こうした登攀を含む山は、ちょっとした、きっかけ(気づきとも言う)で、1から10を勉強する人でないと、危ない。
特に初心者の頃は学ぶべきことが非常にたくさんある。その時期に、”時間がない”などという言い訳で、勉強しない人は、(時間)と(パートナーであるクライマーの命)では、自分の時間の方が大事だという判断をしたということなのだ。
人の命を軽んじていることに無邪気な人が多いけれども。その人は、知識の面で十分勉強して理解が進むまで、登攀に行かない方が良い。
心・技・体・知・経の、知が遅れを取っているということなのだから。
■ リードラインの評価
このリードは、こんな感じだった。まったく不安なし。登れて当然のリードだった。
せっかくベテランといるので、リードラインを評価してもらった。最後の落ち口に設置した中間支点は、やはりまずかった。
そこは、強点を登るべきだったのに、弱点を登ったのがよくなかったのだろう。
■ 打ち足し
さらに、青ちゃんは、落ち口に、もう1ピン打ち足した。傾斜が変わるところで、落ちることが多いからだ。
■ 再度ピンク
再度、ピンクポイントで、修正されたリードラインを登る。
■ より保守的なラインに
青ちゃんは、上がドライでプチアルパインになっており、危険が大きい湯川でリードさせたがったりした割りに、大して危険にも見えないシャイアンの上部では、もう一ピン入れろと言う…。
随分、保守的だ。私が大丈夫だろうと思うところで、アブナイと思うらしい。逆に私が危ないと思うところで、大丈夫と思っているようでもあるし、危険の認知については、ずれがある。
しかし、全く同じ人間であることはないのだから、危険認知にずれがあるのは、当然のことだ。
大事なことは、相手が危険だと思うことを強いない、ということだ。
ピンを多く入れすぎて危険になることはないが、なくて危険になることはある。入れたいなら入れればいいのだ。
■ アパッチ 6級トップロープ
青ちゃんはとなりのアパッチ6級をリードしたかったので、お礼にビレイ。
私には、ピンクでトライしたら?という提案もあったが、登った後で気を変えたらしく、トップロープへ変更。アパッチはトップロープなら何も難しいところはない。
私は本来はアパッチの隣のチョロキーは傾斜が寝ていて、そこはトップロープでも登っていないので、完全オンサイトでのリードになるので、やってみたかったが、見たところ、全然楽勝そうだったので、青ちゃんのアドバイス通り、登らず、難しい6級アパッチの方を2本トップロープで登った。
■ アイスのリードは落ちれないのではなく、落ちない
先日岩根のドライツーリングに行き、意識が全く入れ替わってしまった。
アイスのリードは落ちれないのではなく、落ちないのだ。
アックスばき効きが前提だから、手を離さない限り落ちる理由がない。
アックスにぶら下がればいいからだ。もちろん、敗退用のギアをもっていかなかったりして、進退窮まってしまうことはあるだろうが、それだってアックスを残置するという最後の手を使えば、ローワーダウンしてもらうことはできる。
このリードは、最初から最後まで、ちゃっちゃと片づけておく、という印象だった。
青ちゃんは、文字通り青くなっていた(笑)。まぁ、よっぽど、私はリードクライマーとしては、信用ならないんだろうな~(笑)
まあ、ビレイするほうの心臓も、心配で大変ってことだ。オンサイト力はこれからだ。
■ 守りの技術不足
実際、マルチに出ていないので、悪場の経験がない。
ゲレンデアイスばかりで、アルパインアイスの経験が圧倒的に不足しているのは、事実なのだ。
なので、クライミング力ばかりが、上達してしまっており、氷を見極める目、悪い氷の質のアイス…たとえばシャンデリアなどにプロテクションを設置する技術などは、身についていない。
したがって、リードラインの読みは、保守的であるべきだし、攻撃的なラインでの墜落は命取りだ。
■ 今、できること
だから、トップロープ限定のコンペを頑張るほうが、今の私にはふさわしいと思う。
神様は、私には、三級がゆとりを持ってリードできるような頃…1~3年目…に、私に相応しいザイルパートナーを送ってよこさなかった。今もいない。
それは、たぶん、それが私にとってベストな選択だったからだろう…
判断を手放すとは… 本当は〇〇であったら良かったのに…という思いを手放すことだ。
私は信頼できるビレイヤーがいなかった中でも、我ながらよく頑張ったと思う。自分がやってきた努力の内容に、これ以上、ということはなかったと思う、ベストを尽くした、と言える内容だ。
その結果が今であるのだから… 今の技術やスキルに多少の問題点があるとしても、それにフォーカスすることは、自分を否定することになるだろう。
そもそも、全方位的に100%順調な成長をする岳人などいない。レスキューが、丸でお留守な人もいれば、懸垂下降すら知らず、ルートに行く人もいる。
■ 技術的課題
今の技術的課題は、
リード方面は
・4級で距離を伸ばす=スクリューが打てる数を広げる
・プロテクションへの信頼を育てる (悪いところに打ってTRで落ちてみる)
登攀方面は
・ドライツーリングを頑張る
・体重の軽量化
・前腕のパワーアップ
だ。まだ習得していないクライミング技術がいっぱいあることが、岩根ドライツーリングに行って判明したから(笑)。
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