Feb 15, 2016

岩根アイスツリー

■また岩根

11日にもきたのに、また岩根。この日は歌さん、時さんのグループに混ぜてもらった。



 岩根で借りることができる靴。

ザンバランのパイネが多い。

私の靴も、パイネ。
 岩根で借りれるアックス。

鉱泉で借りることができるアックスより、種類が少ないかもしれない。
 温かい食事休憩所があって、利用は無料。

お湯もあるし、カップヌードル程度なら売っている。
 川上村産はちみつは4000円。
 スリングとビナだけのパーツも売っていた。

高いから買わないかも。


 歌さん
 前日20°近くと、温かかったので、溶けて再凍結したら、床がスケートリンクになっていた。
 甲斐駒で遭った山下ガイドに会った。

ちゃっかり講習内容を盗み聞き。

アックスは差したところから、25cm以上離して差す。

青い線は山下さんが引いたライン。中しか通ってはいけない。

この日は山梨山の会の知り合いにあった。

行きは無雪期の道路だったが、帰りは積雪期になっていた。

それでも信州峠から帰った。

楽しいクライミングデーだった。


Feb 11, 2016

岩根アイスツリー

岩根のドライツーリング
■ ノルマ終了

今日は、岩根アイスに出かけた。とりあえず、アイスも登らなければ、身に着けたものも錆びついてしまう・・・

何かを身に着けると、いつも、次の課題は それをキープする、ということになり、キープするのも、とっても大変・・・。

私は英語が話せるのだが、話せるようになるまでと同じくらい大変なのが、話せるようになった英語をキープすること。

そして、話せるようになるまでの上達プロセスは楽しいものだが、スキル維持ってのは、ちっとも楽しくない・・・

バレエも同じで、習得している間はとても楽しいのだが、習得したスキルを維持する、ってのは、なんだか”ノルマ”ちっくである。

・・・というわけで、今回のアイスは、ノルマ消化。 去年できるようになったところまでは、スキルが戻っただけで、成長したわけではない。

・・・が、それもビレイヤーがいないとできないので、ビレイしてくれるだけで助かるのであった。今日は、6~7本というところ。パンプもなく、愉しく登った。

今日は岩根に行ったら、知り合いがいて、ちょうど良かった。

4パーティいた。全員仲良くロープをシェアし合って登れたのが、良かった。

とても晴れたので、山に行ったら良かったなーな日ではあったのだが・・・

とても楽しかった。

垂壁の人口氷壁の方が自然の滝より難しいような気がする。

ただし、自然の滝は、ほとんどの場合リードが必要だ・・・

リードすることを思うと、色々と難しくなるんだよなぁ・・・

小さい滝であれば、登れるので、小滝が連続するようなルートなら楽しく登れるかなぁ。

今年はリードが課題だ。






■ 若い人

今日は、一緒に行ったのは、大学生。 アルパイン志向の人だったので、話がバッチリあって楽しかった。

志向が同じだと、年齢とか性別とかは関係なく、愉しく話せる、ということなんだろうなぁ。

私は大人になって(つまり大学山岳部ではなく)登山を始めた。ある山の先輩によると、私は最初から、八ヶ岳の全山縦走を目指していたので、アルパイン志向なのだそうだ。そんなことは知らないときから、そうしたいと思っていて、それに名前を付けたらアルパインということなら、そうなのだろう。

大学山岳部でもないのに、嵩じて、アルパインへ行くまでになった。

長野県の山岳総合センターで山を教わったが、結局、講習は数回のことで、独学した、というほうが全体的には合っていると思う。

山の世界のギブ&テイクというと、無料でガイド代わりをするこ とになってしまう・・・が、無料でガイド代わりをすることは、山の世界の後退に力を貸すことになり、決して山の世界に貢献することとは
思えなかった。

幸いなことに、私は山の師匠に個人的つながりでつくことになり、1年ほど師事する機会を得た。このことには本当に感謝している。

現在も、良き師に恵まれていると感じている。良き師すぎて、私が行けるところよりも、行くところが難しすぎるのが悩みなのだが、そんな悩みは、自分がスキルアップすればいいことなので、贅沢な悩みかもしれない。

ここ最近は、若い人と行動を共にすることが多い。

考えてみると、40代は30代とはまだ感性が近しい。が、30代と50代はちょっと感性が遠いかもしれない。となると、ちょうど世代の橋渡し役みたいな感じかもしれません。それに、女性なので、取り付きやすいという点もあるかもしれない。

これまでも会の内外問わず、片手には収まらない人数に、リードフォローや懸垂などの基本のロープワークは、自分が初心者で教わったことを教えてきた。

次の人に教えない人には、山の技術は教えないことにするべきかもしれない。自分は教わるだけで、次の人に教えないのはなぜなのだろうか?

教えることができないというのは謙遜のようでいて、実は謙遜ではないかもしれないと思うのだが・・・。誰だって普通に見れば、流動分散も教科書通りの事は分かるわけだし、ビレイも色々と書かれたことがあるのでわかる。何がダメか、何が良いかくらいは分かるものだ。

これが正解だ、こうしろ、というのではなくても、スクリューを打つときは腰で打ち込むと、打ち込みやすいなどは分かる知恵だろうし、タイオフも懸垂もセカンドのセットも基本的なところは、取説を押さえれば、分かるはずだ。

結局、独り山岳部をここ3年やっているような感じだ。

それも、私は師匠に恵まれたので、そのことから、山の世界に恩返ししたい、という気持ちが原点になっている。

組織と言うものは、まず組織を存命させることが命題になってしまい、大事な、組織を組織として束ねるものが不在になり、組織ありき、組織の継続だけが至上命題になってしまう。人は生きるべきだが、生きているだけで幸福とは言えない。組織は存続すべきだが、存続するだけでは価値があるとは言えない。

組織というものは、例えば、自国至上主義、愛国主義のように、それ自体へ持つ愛着が高すぎると、少々不安な要素を感じさせられる。ある種の胡散臭さ、がある。

国のために死ねと言われた若者を思い出す・・・家のために我慢しろと言われた嫁を思い出す・・・ハイルヒットラーを思い出す・・・

ので”組織への愛着、撞着”は現代においては、両刃のつるぎと感じさせられる。組織は一人歩きを始めるものだからだ。

というので私には組織というのは、ちょっと胡散臭いものに思える。かと言って登山は一人では行いにくく、メンバーは4人くらいがベストだ。

人と人との関係が希薄になる中、4人を集めることの難しさを思うと、現代は少々滑稽なほどだ。


Jan 31, 2016

鉱泉 アイスキャンディ

■ 何がネックか?

黄連谷は、3時間のロス後、リスクを取るには、私の寒冷下での耐性がネックだった。

登山の力というのは、例えば、3人いて、一人が歩け、一人が担げ、一人が地図読みできても、ダメだ。それでは、”3分の1人前”が3人。3人揃ってやっと一人前になってしまう。

そうではなくて、最低限のラインとして、”各自が一人前”でなくてはいけない。

で、敗退の主たる要因は、私の厳冬期の生活能力の一人前度、であった。

であれば、それは、誰かと一緒ではなく、自分で解決しなくてはならない。

■ 大雪予報 → 擬似晴天

今週末の予報は、直前までコロコロ変わった。 火曜には、

降雪量は30日朝までの24時間で最大50cmの湿った大雪

となっていた。そのため、大菩薩のような近郊の山でも、大雪下のテント泊が可能かもしれなかった。

大菩薩は気温は低いが、湿度はそれほどなく、雪は多くないので、南岸低気圧が幾度か通過後の冬の遅い時期しか、雪のある大菩薩を期待できない。近年は、温暖化の影響だろうか、雪が少ない。ので、3月ごろに行く予定にしているが、ここ5年ほども寡雪であまり実現していない。

なので、低標高の山で雪の経験を積む、という意味では、チャンスと言えるかもしれなかった。

が、あけてみると甲府は雨。標高が高いところでは雪だったのかもしれないが、気温が高かった。

30日の夜は、降雪の予報で、降雪を期待したかったが、標高が低いと雪ではなく、雨になってしまうかもしれなかった。

一方、当初の計画にあった谷川方面は、帰宅日31日の予報が午後から里雪。里雪になってしまうと、交通機関が封鎖され、帰宅が核心になってしまう。

というわけで、今回は、場所の選定がとても難しかった。

結局、標高による寒さを求めて、八ヶ岳に一人でテント泊することを目的に出かけた。

■ 急遽八つへ

決めたのが直前だったため、夜遅く仕事から帰宅後にパッキング・・・急きょ決まる山だと、いつも忘れ物が不安だ。

テントポール、冬用フライ、本体、テントシート、コンロセット、ライター、冬用のウエア一式とゴム手、冬用のシュラフのモンベルNo2とゴアのカバー、マット、像足、地図、コンパスは当然、食事は、今回は急いで決めたので、コンビニ調達。1500円くらいだった。

水は、500mlのサーモスの湯と1リットルの水道水を別にもった。結局、登山道では雪を食べ、小屋に着くまで、サーモスにも、水にも手を付けなかったので、小屋調達で良かったが、夕食と朝で、1.5リットル使い果たし、二日目の行動用の水は小屋でもらった。結局二日で2リットルでたりそうだ。

今回は、ただ降雪のある中で、テント泊するのが目的だが、ついでで、鉱泉のアイスキャンディフェスに参加。甲斐駒で誘われたからだ。

アイスキャンディフェスと言えば、以前、山岳会の先輩に誘われたが、3人でテント泊する予定だったところ、一人が抜けたため、先輩と2名になってしまい、当時はまだ男女一名でテント泊するのは非常識であるように思われたため、山行自体が流れてしまった。

あの時、一人でテント泊して、フェス参加していればよかったのかもしれない。

■ 寒冷へのビビり

冬テント泊については、これまで気持ちの上での困難が大きかった。寒冷な環境に対する恐怖心がまだ抜けない。平たく言うと、寒いのが怖い。

動いている時の寒さは怖くないのだが、動いていない間の寒さが怖い。沈殿なんて最悪だなと思う。冬のテント泊の夜は、長く寒い。

ただ今回に限っては、予想以上に寒くなく、気温が高く、雪も大して降らなかった。快適度の高い冬のテント泊だった。

去年の2月に黒百合ヒュッテでテント泊したときは、かなり寒く、風も強かった。翌日は大荒れで遭難が起きた。夜中に2度もフライシートを直しに起きた。

これまでも、複数の人数での冬山のテント泊経験はあるが、当時、ソロは初めて。その初めてのソロテント泊の方が大変で、今回は覚悟が拍子抜けするくらい、寒くなかった。

■ 行動

少し風邪気味で、喉が痛かったが、体の方は普通だったので、やはり山には行くことにして、行動の強度を下げることにした。

朝は普段通りゆっくり起きて、普段通りに朝食を食べ、支度をして出ると、8時20分ごろになった。9時半に小淵沢に着き、近所のコンビニで夕食と朝食、行動食を仕入れた。

鉢巻道路は、凍結が溶けて、雨で、普通の道路になっていた。美濃戸口には10時半に着き、支度をして、出発したのは、10時45分ごろだった。新しくできたカフェに声をかけて、無料で駐車させてもらった。

アイスキャンディフェスティバルで、かなりの混雑を覚悟したが、お天気がイマイチだったためか、駐車場は比較的ガラガラ。カフェのほうを使う人も少ないようだった。なぜだろう?

美濃戸へ歩きはじめると、林道は凍結が緩み、もっともよい装備は長靴であると思われる様子。

大型ザックに、ハーネス、確保器、アックス2本、ヘルメット。ロープを持つかどうかで悩んだが、ロープは共同装備なので、フェス参加者には貸し出しがあるだろうと踏んだ。(が、これは後で間違いと分かった。ロープは持って行くべきだった)

歩きだす。頭上から雨が降る・・・と思ったら、樹幹の雪が解けてしずくになって落ちるらしい。が、段々降ってきたのは、本当の雨のようだった。

濡れは歓迎でないので、ザックと自分の頭にハードシェルをかぶせて歩く。ザックの中は防水してあるが、ザックも防寒用具として使うので、濡れは歓迎ではない。

ザックは、さして重くない。が、足取りは重い。うーん、予想以上に重さに対して、スピードダウン。これは、いけない。重いと、遅くなるようになってしまっているようだ。

それでも途中、何組か追い抜く。平坦な所ではスピードが全然出ず、北沢の堰堤を越えて、登山道に入ってから、多少スピードアップ。美濃戸口から鉱泉まで3時間強かかった。鉱泉到着は14時。かかりすぎだ。

■ 到着後

鉱泉のテントサイトは、どこまでが張っていいエリアなのかよく分からないが、とりあえず、樹林の中で風の来ない、良い場所に張れた。スカート付きの冬用のフライを持って行ったが、重いだけで、あまりメリットは感じられなかった。

隣の人はスコップで平地を作っていたが、鉱泉周辺の場合、雪の量もあまりないので、踏むだけで十分平らにできた。スコップは敢えて割愛して正解。

設営は、去年、フライシートが飛ばされたことを思い出し、小枝をまとめてクローブヒッチで結び、雪に埋め込んだ。埋め込む小枝があまりなく、素材集めに苦労。

テントを張り、フェスの受付を済ませると、恒例の焼肉はとっくに終わったそうで、瞬殺だったそうだ。かわりにおしるこを3杯くらい、いただいた。アイスキャンディに登る人の大行列が出来ている。遅く来たので、この日は一回も登れずじまいで終ってしまった。

考えてみると、アイスキャンディフェスに参加するのは、アイスの始め方としては、格安で良いかもしれない。

私はこのイベントを知る前に自分の意思で始めたので、最初からGoogle検索で一番にヒットする保科さんの体験講習に出かけたが、価格は17000円。鉱泉フェスだと1000円。しかも夫と二人で出かけたので2倍も掛けている(汗)。ちなみに夫は体験以来、登っていない。

19時半の猪熊さんのお天気講座まで、しばらく暇で、テントに戻り、味噌汁を飲んで塩分補給し、軽く昼寝する。

今回の夕食は、ミネストローネ風のリゾット(レトルト)と、ぶどうパン、チキン胸肉一枚。朝は、オートミールバーに、ぶどうパン、コーヒー。おやつは、お汁粉と塩羊羹。行動食はナッツ。

鉱泉で振る舞いがあると聞いていたので、多少それを期待した。最大の忘れ物は、お酒。いつも1合くらいの日本酒かワインを持って行くが、どっちも買うのを忘れてしまった。

それで、18時半からの、ホットワインの振る舞いで、6杯もホットワインをもらってしまった。ただワインはホットにすると、アルコールが飛んでしまうようで、ぜんぜん酔わない。

鉱泉では、猪熊さん、花谷さんの講演会があった。お天気は1時間、ヒマラヤキャンプの報告が30分。

今、山の世界では、50代が最後の山ヤ世代で、ガイドになっている人が大勢いるが、これが40代となると、全然ガイドがいない。今一番売れているガイドと言われているのが花谷さんだ。

山梨には、ピオレドール賞を取った人が何人も住んでいるが、山梨県民にはあまり関心を持たれていない。佐藤祐介さんも数少ない若いガイドさんで、今回は家族連れで参加されているようだった。

私が知らないだけで、たくさん著名ガイドさんらが参加しているようだった。こういうイベントは、参加費用も安い。ガイドさんについて登ることで、そのガイドさんのやり方を知ることができ、本格的な山のガイドを頼む前に、相性を試す、お試し山行とできる、もっとも安い方法かもしれないと思われた。

講習が終わると、21時半で、山の夜としては遅い時間に消灯。テントに戻ると、テントにはうっすら雪が付いていた。 

シュラフにもぐりこみ、足はザックに突っ込む、いつものスタイルで就寝。ウエアは、レインウエアまですべて着て寝る。ゲイターは体の下に敷く。ニット帽をかぶり、フードをかぶって、さらにシュラフの入り口を閉める。

なかなか寝付けない。寒いのではなく、なんとなく寝付けないだけで、結局寝ていたようで、朝早く、誰かがルートをセットする声で目が覚めた。時計を見ると、まだ5時半で、集合の8時半までは、早すぎ、起きる気になれない。

一人だから朝の支度にもそうかからないので、早起きしても寒いだけなのだった。結局、待ちきれず、6時半には起き出して、7時半あたりからアイスキャンディの当たりをウロウロしていた。

だれかビレイヤーがいればいいだけなのだが、鉱泉スタッフ限定ロープは、鉱泉スタッフしかビレイできない決まりらしく、ビレイヤーがいない。そのため、自分のロープを持って行けば良かった、と思った。頼めばビレイできる人は、その辺に、いくらでもいたからだ。

結局、夜間は予報とは違い、積雪量はせいぜい3cmで、朝はピーカン。擬似晴天だそうだ。次の低気圧までの一瞬の青空のようだった。

昼までアイスキャンディに登り、4本ほど。動きを思い出す。

ビンゴ大会などを済ませて、あとは普通に北沢を下る。鉱泉フェスは、敬遠していたが、楽しく過ごせたイベントだったし、テント泊のほうは、予想よりも、もっと楽に過ごせた。去年の八ヶ岳のテント泊の方が大変だった。

下りにテント装備を背負うと、全然重くない。なんだというくらい軽い。それでも、美濃戸口の最後ののぼりでは、また肩が痛くなった。やっぱり登りのスピード、登りでの重さは、かなり課題。

大体クライミングばかりしていると、重いモノを背負わないので、背筋が弱くなるような気がする。長く歩いたり、長い登りで荷を背負うということをしなくなる・・・背負ってもせいぜい15kgくらいなので、あまり重い気がしない。

かと言って、軽くても、別にスピードがあるわけではない。

逆に下りはかなりのスピードが出そうと思わなくても出てしまうので、やっぱり心肺能力が課題のような気がする。

冬季のテント泊の経験値をあげよう!という第一歩となった山行だった。

≪まとめ≫
・交通費 120円×5 ×2 = 1200円 (リッター10km 120円)
・帰りの飲食 1500円(パスタ・コーヒー)
・鉱泉テント泊 料金 1000円/泊
・アイスキャンディ使用料 1000円/シーズン
・食費 1500円

 合計 6200円

≪反省≫

・自分のロープとトップロープセットを持って行くこと。


10:50. 意外に空いている駐車場。
 夜の講演会。猪熊さんのお天気の話。

花谷さんのヒマラヤの話。
 ヒマラヤの写真が大変美しい。

今井道子さんのヒマラヤ記も読んだが、昔の人の海外探訪記は、ウエストンが日本を好奇の目で見たように、日本人がネパールの(言うなれば後進国の)文化にカルチャーショックを受ける様子が描かれている。

実は、あまり好きなメンタリティではない。若いころ、市場調査の仕事で、タイやベトナムの僻地に会社訪問で訪ねなくてはならなく、ハイヤーと通訳を雇って現地に行く。もちろん、担当者は私一人なので、一人で渡航し、一人で雇うのだが、現地の人の基準で見ると、20代の若い娘が、車と通訳を雇うのは、どこぞの金持ちかということになる。いわば使用人と使用者の関係だ。

逆に私はアメリカでは、大学で教えている人の家庭に、子供たちの家庭教師兼ベビーシッターとして使用人側。

どちらの関係性も、私には心地よくなかった。フラットが好き。
 21:46 

戻ったらテントについた雪。
 月が出ている朝。

快晴。
 夜間の積雪量は、この程度。あら、ガッカリ。

 しかし、今日は山がいいなぁ!
 アイスキャンディは垂直面もある。

佐藤さんが登っていたライン。


 初心者用の寝ているライン。

朝は激混みだったが、すぐにみな飽きるようで、バーチカルへ。
 昼近くになると、風も出てきたようだ。
 大同心、小同心がまっしろ。

基本的に湿った雪でないと白くならないので、今日は、石尊稜は良かったと思う。

なにしろ、お正月はまったく雪も氷もなかった。
 カルボナーラ 1200円
 コーヒー 300円(セット価格)

帰りに同行者が出来て、二人で3000円分食べたので、店に義理が果たせた(笑)

Dec 31, 2015

甲斐駒 黄連谷(敗退)

■ 降りたつことさえなかった黄連谷

今年のお正月山行は、ちょっと残念な結果に・・・。

でも、まぁ最初から、少し計画が唐突&大きすぎたと思います。実は、甲斐駒の黄連谷が予定されていました。

口にするのも畏れ多く(笑)、ここに上げるのもためらわれるのでした。

が、まぁ、”実力以上の山”だったので、潜在意識が、この山を遠ざけたのかもしれません(笑)。まさかの一般ルート敗退

なんと、甲斐駒黒戸尾根へ続く一般道を間違え、不動滝に行ってしまったのです(^^;)。 私はロープを持っていたので、同行者よりザックが重く、そもそも、同行者とは体力差もあって、私の方が歩くのが普段遅いので、「これは離されないように歩かなくては・・・」とペースを上げるのに精いっぱいで、一度歩いている黒戸尾根の分岐を見落としてしまったのです。

なかなか沢から離れず、黒戸尾根は急登で知られるところなのに、おかしいなぁと思い、一度、「これってあってる?」と同行者にも聞いてみたのですが、「明瞭だよね」という答え。しかし、小一時間すぎ、見覚えのない橋が出てきて、いよいよおかしいなぁと思い、GPSをみると・・・やっぱり。

ほとんど尾根の始点で間違ったので、間違ったポイントへ戻ると、3時間のロスでした。

黄連谷は、2泊3日のルートですが、同行者は1泊二日で予定していたこともあり、初日にできるだけ奥に入りたかったようでした。普通は、5合目か、2俣、坊主ノ滝上あたりで1泊です。ヘッデンでの下山を避けるとあと一泊。

大体トップアウトするのに8時間のルートですが、とりつきの標高が高いため、アプローチも長く、体力勝負のルート。

9時半出発でも14時には5合目に着くことができ、坊主ノ滝下でビバークできそうだったので、その提案もしてみましたが、同行者はヤル気を無くしてしまったので、素直に帰ることにしました。うーん、本日の山、3時間なり(汗)。

ダメだったら、普通に甲斐駒に登って降りてくるだけでも、同行者とは山自体が初めてだったので、ペース合わせになって良かったと思うのですが。

 ・同行者とは、ゲレンデしか知らず、まだ長時間かかる山は経験していなかった
 ・アイスはまだ一緒にやったことがなかった
 ・私自身のアイスの足慣らしが、今年はまだ済んでいなかった

ので、これは、神様が、「まだ早いよ」と言っていることだと思いました。

私自身、黄連谷の提案があったときは、「いいのか?アイス3年目で行ってしまって・・・」と思わないでもないルートだからです。

黄連谷は右と左がありますが、右は山頂直下までつながる甲斐駒のバリエーションルートとしては、とても魅力的なライン。ですが、困難度としては左より易しい。私はアイスもクラシックルート志向なので、憧れているルートでした。しかし、実力内のルートかどうか、自分自身で判定が難しい。

黄連谷は、また時期を捕まえるのが難しいルートとしても知られています。時機をはずずと雪でうまってしまうのです。そうなると雪崩の危険があります。

何年も時機をまって、やっと登る人がいるようなルート。なので、トライしようとした一回目で、登れてしまうということがないほうが良いのかもしれません。

■ 転進=クラック

まぁそんなこんなで、1泊二日の予定は、3時間で敗退したため、大快晴にもかかわらず、自宅待機となりました。

翌日の予定を最初、八ヶ岳のバリエーションのどれか(石尊稜か三叉峰ルンゼ)にしてみたのですが・・・八ツは、とても混んでいるし、あまり歩かないルートなのでそそられない・・・上、私はバリエーションのルートコレクションをするような山の選び方には、あまり興味がない・・・。 

今ある課題としては、初級の沢の広河原沢左俣(ベテランは足慣らしにソロで行くようなルート)、峰の松目沢(初心者の初リードに最適、しかるに、同レベルの人と行くルート。時機が遅いとアイスではなく、ラッセルのルートになってしまう)、がありました。

私はその先を考えてルートを選ぶタイプで、広河原沢左俣は復習山行で行きたいルート、峰の松目沢は、同期レベルとチャレンジ山行で行きたい山でした。先輩と行く場所ではないかも。

・・・というので、色々検討した結果、今日は、先輩を昇仙峡のクラックを、案内することにしました。

■ お口直し山行 3回目の昇仙峡クラック

というわけで、またクラックのマルチピッチに出かけました♪ 

今日は、長野の人も呼んで、3人。

■ 今年のお正月

今年のお正月は、このような結果になりました。

上高地では、ちょっと膝を痛めてしまいました・・・ ひざ裏が痛いのは、初めてのことです。

アスファルトを歩くと痛くなり、もう歩くこと自体を辞めなくてはいけないほどですが、今日は普通に歩けました。

平らな所を歩くと痛くなるのですが、どうしたことでしょうか・・・うーん・・・

■ 方針

色々と考えますが、実力以上のルートは、悪魔のささやき、という面もあります。また誰にでも、行って見て敗退するという道は残されていますから、実力以上のルートに行くこと自体がまずいことではないのですが、色々考えると、このような方針で行くことが安全へつながると思います。

1)山でも、クライミングでも、低いグレードから しっかりと数をこなし、経験値を高めて行く

2)技術の未熟なうちは、むやみにグレード(山)を上げない

3)自分がコントロールできる範囲をじわじわ広げ、経験を積む

4)クライミングは、登るだけでなく、しっかりと落ちる技術確保する技術も磨がく。

5)山はしっかり敗退についても学ぶ

 最も大切なのが、(危険の認識能力)と(それに対する判断力)を身につけていくこと

ということは言えることだと思います。

≪追記≫

このページは人気があるので、以下、詳細をアップします。

■ 黄連谷のこと

≪打診≫
同行者には11月あたりから「黄連谷右俣はどうか」と打診を受けていた。もちろん、黄連谷についての研究は、去年済んでおり、良く知っているルートであったので、二つ返事でOKした。

黄連谷はアイスクラミング発祥のルートだ(左俣)。私は先鋭的アルパインを目指しているのではない。が、誰にとっても普通は、山登りというのは、ピークを目指すものではないだろうか。その登路に尾根を使えば一般ルートになる。沢や岩は、多様な登り方の一つに過ぎない。私には岩はまだ手がでない。今課題にしているのは易しいルート、入門ルートやクラシックルートと言われるルートへのチャレンジだ。

≪私にとっての甲斐駒≫
甲斐駒は、買い物帰りにいつも見える。親しみを感じる山。毎日見る山。黒戸尾根は、無雪期から順繰りに登りたいと思っていたが、登山2年目にガイドさんから誘いが来た。厳冬期黒戸尾根。それはメンバー的に納得がいかず断った。が、それで歩けることは分かったので、しばらく憧れ、登山4年目、満を持して師匠との顔合わせ山行で登った。

初めて登った甲斐駒は、一言で言えば、楽勝だった。しかし、あとに師匠との齟齬を残す山となってしまった。意見の相違があったのだ。

甲斐駒山行は顔合わせだったので、師匠のパーティとは別パーティという予定で、山行計画書も共有しておらず、装備も別々だった。私は念のため、8㎜×30mを入れていったが、二日目の朝、必要ないだろうと考え、師匠に「いらないですよね」と声を掛け、小屋において山頂へ行った。この一言が師匠の判断を仰いだということになって、師匠からはこの甲斐駒行は個人山行とは認められていない。

実際、登山口から下山まで、ずっと行動を共にしており、単独とは言えない。そう考えてもいない。が、師匠に連れて行ってもらったとも考えられない。いまだに私には、その区別がついておらず、甲斐駒は、普通に登って降りてしまっただけで、天候も雪の状態も良く、確保の必要がなかったためか、ベテラン山ヤの存在のありがたさを実感はできなかった。

≪アイスクライミング≫

話を戻そう。甲斐駒を登った後から、アイスクライミングを始めた。

私は雪で山を始めたので、アイスでつるべを教えてもらった。その次に岩をして、その後に沢だ。だから、つるべを覚えたのはアイスだった。アイスはなかなか機会を作ることが難しく、2年かけて、擬似リードまで。リードのお許しはまだ出ていない。その時点で止まっている。今シーズンは、まだアックスの一振りもしていない。

アイスクライミングも、登って降りるゲレンデクライミングではなく、ピークへ突き抜けることを目指すと、ルートと言うことになるが、アイスクライミングをそうした手段として捉えた、最初のアルパインアイスは、甲斐駒黄連谷左俣だ。昔は人工で登った。目的はフリーで抜けることではなく、ピークへ抜けることなので、人工は”ずる”ではない。

今アイスのフリーの世界はどうなっているのだろう?良く分からないが、ツララを登るクライミングは、ゲレンデでは、とても流行っているようであるし、大滝というようなサイズの大きなものを腕力勝負でフリーで登るのも、流行っているようではある。そのどちらも、腕力もなく、テクニカルなフリーの技(フィギュア4とか?)には魅力を感じない私には、あまり適性はないような気がする。

≪行ける山かどうか≫
黄連谷右俣は、左俣の垂直とは違い、山頂へ突き抜ける標高差1200mの長いルートだ。アイスを嫌と言うほど味わえる。お腹いっぱいルートだ。技術的にはⅣ級マイナス、ルートグレード3級上で、南沢小滝大滝が登れるようになったくらいの初心者を、先輩が連れて行くルートとしては、そう突拍子もないルートとは思えない。雪中テント泊など習得済みというのが、まぁ、当然の前提ではあるが。

アイスグレードは
 30度まで 1級
 45度まで 2級
 60度まで 3級 → アンザイレン必要
 80度まで 4級 → 大抵の初心者もトップロープなら登れる
 90度まで 5級 → アイスキャンデーとかツララ

となっており、アイスⅣ級と言うのは、要するにほとんどの人が登れるという意味だ。

≪不安≫
このルートの提案が来た時、まず最初に不安に思ったのが、今までゲレンデには一緒に行っていても、山の経験がないことだった。

これはクライミング系の同行者は誰であっても共通の悩み。前のパートナーとも、普通のテント泊ができないという問題があった。ただ今回の同行者とは、ゲレンデではあるが、テント泊は数回以上を重ねており、慣れがあった。ただ歩きが心配なだけだった。

≪時間に追われる=山との駆け引き≫

ゲレンデクライミングでは時間に追われることがない。たとえ一泊したとしても、テント泊ではなく、キャンプであり、時間的にゆとりがあるため、作法というようなものが必要ない。無雪期であっても、山であれば、出発時刻を頭に入れながらの朝食となるし、明日の朝の起床を頭に入れながらの消灯になるのだ。

雪の山であれば、濡らさないとか、手袋を無くさないとか、ギアの整頓や心配り、コッヘルを持っておくなどの”常識”が必要になる。そういったものを共有していない。普通の日帰りの山でさえ経験していないのだから、私が不安になっても仕方がないだろう。

不安に思う時、何に向かうか…それは人それぞれであると思うのだが、私の場合は、不安が募れば募るほど、ルート研究に向かう。地形図に向かい、トレーシングペーパーを重ね、等高線の数を数える。滝の記号を入れたり、傾斜何度かを入れたりすると、段々と落ち着いてくる。ルートがリアリティを持ってくるというか、行けなくても、見るだけでもいいかなと言う気になってくる。幸いに黄連谷はメジャールートなので、複数のガイドブックにルート解説がある。

≪作戦?≫

黄連谷には、どのような作戦で行くつもりだろうか?それが知りたいと思ったので、12月中旬に一度「七条小屋に宿泊するなら小屋代持ちますよ」と同行者に持ちかけてみた。普通は黄連谷は2泊3日のルートだからだ。同行者は、1泊のテント泊で行きたいという。逆に5合目まで何時間で歩けるのか聞いてきた。過去の記録によると時間をさして気にしないで歩いて、4時間20分で5合目に着いていた。こういう時記録を付けていると助かる。同行者は、4時間で歩いて欲しいのだそうだったが、ガイド本にも3~5時間で計画されていた。テント泊装備となると重くなるので、前回の小屋泊前提の装備より重くなることが予想できた。とは言っても、冬山では小屋泊でも、最低限の衣食住は担いで登っている。

今年は暖冬だ。アイスはなかなか凍らない。12月初旬の予定が中旬になり、それも流れ、予想は正月明けと言うことになって、山行の実現に、あまりリアリティが感じられなくなった。正月後ということなので、正月の休みには、自分の山の予定を入れてしまった。すると、その後で、やはり行くという連絡が来た。連休で一番冷える日がアイスには最適なのだが、その日には自分の山が入ってしまっていた。間が悪い。

アイスのルートで困るのは、適期が掴めないことだ。特に黄連谷は年を越して、クリスマス寒波で雪が降ってしまうと、雪崩の危険があることになってしまう。まぁこれは沢を登るアイスのルートは、どれもそうで、斜度によって雪崩の危険があるか、単なるラッセルのルートになるかの差だ。気温もプラスになるようなときは、氷が解け始めてきてしまい、危険で、これは下界に近い、ゲレンデは特に要注意だ。ツララなんか落ちているのを見たら、これが落ちたとき、下にいたら大変だと思う。

≪ドタバタと準備する≫

予定日が、やっと決まったが、前の日山から帰ってきて、すぐ。ドタバタすることになった。

計画書が送られてきたが、行動予定は、その計画書では分からなかった。幕場は二俣とされているようだったが、二俣はテントが張れるのだろうか。同行者はテントは重いのでツエルトで行きたいという。まぁ、私はどっちも宿泊経験があるので、いいのだが、ツエルトを張るポールがないと張れない場所だったら、困るなと思い、知っていそうな人に問い合わせをした。沢の中は、大体、立木があるものだが、黄連谷は、宿泊地の写真があまり上がっていなかった。

装備準備が追い付かず、寒冷地仕様のガスと自分の食事を買いに慌てて出たが、コッヘルとガス、共同食は同行者が持つというので、結局いらなかった。ただ普段、会山行でも私は共同装備以外に、自分のコッヘルとガスは持ってあがっている。

ロープを私が持ち、スクリューは3本を提供、酒1リットルと朝食用の棒ラーメンを私が負担した。同行者はツエルトとコッヘルセット、夕食を担当した。

ギアは絞りに絞り、ビナ4枚、スリング4本。これは大体、沢に行くときと同じだ。沢のリードでは、これくらいで、やっている。あとはヘルメットに、アックス、アイス用のアイゼン、手袋、シュラフ。ザックは、36リットルのバリアントになんとか詰め込んだ。ロープは外付け。アバラコフのギアは、私は持って出たかったのだが、イラナイと言うので、おいて出た。敗退したいとき、困るかなと思ったんだが、立木で支点が取れるそうだ。

≪出発≫

同行者には前夜泊をこちらから提案した。早朝出発が良いと思ったからだ。我が家からなら竹宇神社は1時間だ。夜は8時消灯としたいと話しておいたが、結局、お酒も入り11時ごろの消灯となってしまった。

朝は、4時起き5時出発6時到着を提案したが、そこまで早くなくても良いと言われ、結局のところ、竹宇神社に着いたのは7時すぎだった。途中コンビニに2度も立ち寄ったためだ。同行者はルート情報のコピーを取りたいのだそうだった。コピーなら我が家でも取れたので、時間の無駄が惜しかった。

同行者が水をくみたいというので、白州道の駅に立ち寄る。結局コンビニを入れて3か所に立ち寄り、1時間の予定を大幅に過ぎて、竹宇神社に着く。元旦早々、警察官が登山者への注意喚起をしていた。遭難者が多いのだそうだ。私が山を初めてから、ずっと毎年記録更新と言っている。しかし、黄連谷に入るような登山者の事例ではなく、普通に登山をしている人の遭難増加のようだ。仕事をしていたという証拠写真を撮りたいそうだった。元旦から大変だな。同行者は甲斐駒は25年ぶりだという。

7時40分やっと支度も整った。同行者は上下でレインウエアを着ていた。私は5合目までは、そこまで必要ないと思ったので、いつものいでたちだったが、ハードシェルを脱ごうかどうか迷った。最初の休憩で脱ごうと思い、そのまま出発。神社の脇を抜け、吊り橋を渡る。尾白川は、蒼く澄んでいた。前に来た時もそうだったが、下は完全に夏道だ。

≪ルートミス≫
同行者が先行する。私のザックの方が同行者のザックより重い。ロープはルートに入ったら使うので、5合目までの辛抱だ。頑張って歩く。普段、ゲレンデでも私の方が遅いので、離されないように歩かなくては。

しかし、なかなか沢から離れない。ちょっと不安になり、「この道あってる?」と一度同行者に尋ねる。「明瞭だよね」という答え。確かにそうなんだが…。前に甲斐駒に来た時は、のっけから急登だな~という印象の登山道だったのに、アップダウンの緩やかな道で、拍子抜けなんだが…。

しばらく行くと、いよいよ見覚えのない橋が出てきた。これはやはり違うのではないかと思い、終にGPSを見る。尊敬していた先輩は、GPSはカンニングと言うので、あまり見ないようにしているのだ。しかし、こういう時は一目瞭然。説得力の点で、GPSに匹敵するものはない。完全に違う道を歩んでいた。この道は不動滝へ続く道だ。

同行者に大声で呼びかけるが、岩の裏側へ行ってしまって声が届かないのだろう、返事がない。それでも、呼び続ける。やっぱり、おかしいなと思ったんだよな~と思うが、30mほど離れて歩いていたので、話をしていないのだ。「え、間違ってる?ゴメン」。まぁ、ルートのミスは、間違いに気が付かなかった後続も同罪だ。

≪敗退決定≫
がっくりとしつつ、今来た道を戻る。ほとんど登山道の最初の分岐で間違ったので、ほぼ3時間のロスだった。しかし、5合目泊で、翌日ルートにトライでもよいと思っていたので、この時間なら5合目までは行ける。翌日は風が強い予報だったが、7合目までは樹林帯なので、上がれる。その提案をしてみたが、同行者はもうヤル気を失ってしまったようだ。まぁ、登頂可能性がないのに、寒い思いをする、ということが、めんどくさいことには違いない。しかし、同行者とは山の経験がなかったので、普通の山を経験しておくことは、今後には良いだろうと思った。

しかし、まぁ決定権は同行者にある。計画書も発案も同行者だからだ。というわけで、敗退が決定し、山を下った。

日は高くなり、竹宇神社には初詣客が出ていた。途中すれ違う人々が重装備の我々を見て、お疲れ様と言う…いや…全然疲れていないんだが…。皆の誤解が痛いな~。

さらに痛いことに、なんと同行者は業界通の為、知り合いに会ってしまう。あまりほめられたことではない敗退だったので、人知れずひっそり帰りたかったな。この日は元日の為、温泉も開いていないので、そのまま自宅に直帰。

昼前についてしまい、山で食べる予定だった棒ラーメンを調理。古いお餅だった。同行者が去年使う予定だったものらしい。越冬ビールならぬ、越夏餅。

≪転進?≫
転進先を考えるが、考えていなかったので、いまひとつ。正月の八ヶ岳は混むから嫌なのだった。

アイスのルートも、今年は八つはかなり遅く、私の課題にある、峰の松目沢は標高が低く、イマイチだろうと思われた。広河原沢も1月中旬が適期なのだ。

標高が高いところを目指すと、横岳西壁になる。石尊稜も案に出たが、雪が少ないと思われ、雪稜なのに雪がないのでは、そそられなかった。また、易しいルートなので、初心者同士の時のために取っておきたいルートでもあった。それにアイスのルートではないからギアが違う。

結局、三叉峰ルンゼに行こうという話にまとまったが、その後、散歩に出たら、私の足が痛くなってしまった。上高地で痛めた所と同じところだ。どうも平坦な所を歩くと、痛いらしい。

これでは八つの北沢が歩けまいと思い、ゲレンデに変更する。結局、長野の人と連絡がついたこともあり、昇仙峡のクラックに出かけた。これはこれで楽しかったので良かったのだが、アルパインがフリーに、それもクラックに化けた、お正月山行だった(笑)。